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ひとときのコーヒーブレイク

JavaとRubyを書く人が、そのときのモチベーションで話題を綴っていきます。

近況報告

Nexus7 SIM Soracomair

・小売り業界にいた時期を終えたこと

この2ヶ月くらい、小売業界で販売員をしていて、クライアントというべきか、お客様について考えることが多かった。特に相手の商品知識に対して適切な表現力がいる業種だとつくづく想うようになりこの半年ぐらいで使えないレジなどないくらいレジに自信を持てるようになったことも事実。自分に自信が一段とついていくのを実感している。 いい経験ばかりではないが、終わったことをくよくよ言っても始まらないので話はそれくらい。

Nexus7の新品を購入したこと

前は中古で使っていて、一時期手放した商品。SIMをSoftwareDesignという雑誌で手に入れることができた(SoracomSIMが付属していた)ので、そのSIMを入れて使おうと。用途はビジネス用。わざわざPCを使ってまで、つぶやいたり、PDFをみたりしてくなかったためで、遠出したときの地図用にも。難点があったとしたら、SIMサイズくらい。スタンダード、マイクロ、ナノの3種類があってSoracomSIMはナノサイズだったので、Nexus7のソケットはマイクロ対応で差し込むタイプだった。これを対応するために、ナノサイズからマイクロサイズに変換するアダプターが必要だと判断して、家電量販店へいった。携帯電話→その他アクセサリーの近くにありましたよ、これだっと購入して帰って装着してソケットにはめると認識しました。あとは、設定をしていくだけです。その設定もオンラインでみれるので、検索するとそれらしいのが見つかる。その辺は割愛。

Windowsでcocos2d-xを使って何かを作りたいと意気込んでいる。どうせ、くだらないゲームになるが、それでも、一度でいいからマーケットに並べるくらいクオリティーの高いモノを販売してみたいので、コスト計算をしながら進めていきたい。怠けるモノは不満を語り、努力するモノは希望を語るだね。

いい夢をみたい。「叶うもんじゃない、叶えるものだから...」

経験は宝、無駄な経験などないはず。

JARファイルを生成により可能性の広がり

java Ruby

Rubyコーディングで、JARファイルを調べると生成することができるようだ。試しに環境を作ってみたらハローワールドが言えたので、ブログで文章にしておく。JavaライブラリをRubyで手軽にコーディングできると、Javaコーディングが少し、いやだいぶ楽になる。これにより可能性を考えてみたい。

Rubyで書くことになれている人が、自分のRubyライブラリをjar化することで、javaを書くときに使用できるようになる

この可能性がとても利点としては大きい。私はこれを検証がてら、javaコーディングに生かしていきたい。Rubyコーディングになれているし、生産性が高いので、使えるものは思う存分効力を発揮させたい。小、中規模のシステムであればこんなことはしなくてもいいんじゃないかと想うかもしれないが、どんどん行数を膨れ上がるように追加していくことを考えるのであれば、このやりかたしかないように想える。いいとこ取りすることは、条件として悪くない。

ちょっとした休日に、記録(メモ)を書いておく。

思い出とはいかに。

Java Sun

 Rubyを書くようになってやっとJavaがわかるようになってきたので、個人データベースを作ってみた。そうやっていると、時間がかかる言語ほど愛着がわくものはないような気がしてくる。どうなんだろう、これはこれでいいのだろうか。Sunが好きで、Javaの検定資格に挑戦するも惨敗。結局わからないというレッテルを自分で貼って、Rubyに没頭していたそんな過去がある。しかし、今だから想うけど面白いな。JavaAndroidも。

 RubyでTcl/TKの記事を見て追記のコマンドが必要になるとか...うーん、いらないと想うけど。何かあれば、Macで開発していたころの私のブログに書かれているはずだし...そう想っているとRubyはプログラミング初心者も受け入れるような心の広い人の集まりであるのかもしれない。なんだか残念でもある。人に寄りけりな環境構築なので、いらない環境ではいらない。

 JavaJRubyを動かせるように、ブログに環境構築を書いた時期があった。それをもとに、JavaJRubyで処理を書いていると、明らかにここはJavaでこの辺はRubyのほうが楽だという点がでてくるので、かなりの便利さである。

Sunのころにもらったジャイロをまだ持っている。Sunのロゴが入っている。Oracleのログ入り何かがほしいな...、熟練したときにRubyのように、免状を持とうかな。夢や希望のお話。思い出は私的にはそうであって、客観的にはそうではない。だからこそ思い出は美しく過ぎゆく。すべての人生が華やいだ思い出であれば、現実が悲惨なものであろうと、生きている実感がわく。希望と夢をもち、果敢に挑戦していきたい。

できる人、できない人、の差

社会人 専門職 信頼関係

奥さんと話していて、専門職に就くとき能力がありながら社会性がなく初日からどうしていいかわからない状態になる人が多い。奥さんはそれを乗り越えて生き生きと職業に就いている。私も若いときに多くの経験をしてきた。上司によっては3ヶ月立っているだけの時間があってそれから動けるようになると。2ヶ月である程度わかるようになり、自分でバリバリできるようになると。実際、受け身の状態で新卒だからといってうまくいくものだろうか。いいや、アルバイトをしていたのならまだしも、学力だけで社会を生き抜くことはできないだろう。ましてや、技能だけでも。そこに人間性を試されるのが、この人生というとてつもなく長い道のりなんだ。技能や学力は努力した分だけ自分に跳ね返ってくる。ましてや、眠っていてももやもやしていた頭が整理されてはっと公式が思い浮かんだり、解決策を思いついたりする。しかし、仕事はそうはいかない。受け身だとまず仕事は回ってこないのとそのさきには退職という言葉しかない。部署を飛ばされてるか、もしくは勤務時間数を減らされるか。そんな辛い状況になりかねない。状況例を挙げるなら、朝ドラの「とと姉ちゃん」のかかが常子に頼りっきりで、常子の妹が大学進学をほのめかしたときに、どうして自分も仕事を頑張るような素振りをみせず、常子の就職を条件にしていたのかが謎でもあるそれと同じ事、なぜ今自分が頑張らないのかこれだ。

努力もせずに、仕事の賃金が安いと嘆いていてもどうしようもない。所属している会社も従業員(あなた)の頑張り次第では評価の対象に必ずなる。中途採用でわかることといえば、即戦力というより積極性、積極性というより活発さが必要とされてくる。これを初日に自分にできるだけ発揮するともう、あとはそれの繰り返しで恥ずかしいことなどない。NHKのLifeであるようなある意味ノンプライヤーマンまで行かなくていいがそれぐらい、恥もプライドもない状態であれば、どんなことも成し遂げられる。失敗を覚悟するときはそれくらいの意思がいる。

陣内智則さんのコントで、でてくる「ダニエル」。この人は「私は誰ですか?」と質問し、「あなたはダニエルです」とナレーションがかかる。彼は素晴らしい絵を描くがしかしどこかボーッとしている人をあざ笑うかのように表現している。奥さんと二人で笑っていてふと、仕事でこんな人いるねって話になった。そう、初々しい新人は能力がありながら仕事でその能力をどういかしていいかわからずに、ダニエル化する。そのダニエルでずーっといると、会社としてはどうやら必要の無い人材になってしまう。それが人財の宝の持ち腐れ。もったいない状況である。

それを自分に置き換えて、日々精一杯自分にできることをしているだろうか。自分の力量を超えることをしてはいけない。キャパシティを超えてはいけない。それでも、挑戦を続けているだろうか。闘志を燃やし、貪欲に目標に邁進していくそんな姿をみせようじゃないか。見ていてくれる人はいる。必ず、努力は光を見せる。支えられていることに気づき、盛り上げて生きていくことこそ、仕事の醍醐味じゃなかろうか。

思いを書いていく

雑感 C言語

想えば、プログラミングとの出会いはJavaだった。今でも書けないし、わからない。Perlをごりごり書いていた時期もあったが、Rubyを知ってどっぷりRubyに入り浸ってしまった。はっと目が覚めたら、C言語を学ばなければRubyで自由なことができないと知って今に至る。どうしてか、拡張ライブラリを書いている人はだいたいC言語をまともに使える人のイメージがある。では、どうしたらCの環境構築ができるのだろう。それから始めた。

VisualStudioがWindowsにはある。これで充分によい。しかし、汎用性を考えるならばNetBeansMingwまたはCygwinを使ってコンパイルするやり方がベストだろう。最近は、.NET coreなるライブラリがOSS化していてだんだん、マルチで動く環境になろうという働きかけはみるが、まだまだ実用段階じゃない。うかつに、Windowsで作ったアプリケーションをLinuxやらMacやらに移植できますなんていうべきじゃない。最初から書き直しが最悪の結果予想される。

Sinatraを書く人ってどんな人...私は書物化が少ないフレームワークだから自由度が高いと想っている。なので、JavaであれCであれ、こうしたい、ああしたいができたら、とりあえず作ってみて、このフレームワークに加えられないか考えてみるようにしている。だいたいのアプリケーションは、それに見合った環境で動く。なので、ViViの端末ではzinbeijettやzinbeiが動作する。tubuyakiはRuby/Tkがあれば動く。amaotoは、WebサイトのRSS情報を読みに行く。tanrakuは例外をコード内で発生させてくれる。そんな使い方を期待している。Sinatraを使いこなすのはRailsと違って自分の力量そのもの。実力があれば必ず選ぶフレームワークだといえる。Railsは書きやすく、環境に恵まれすぎている。それがたまに傷で危険な臭いを発生しているんだ。

最後に仕事では運の良い人ばかりじゃない。辛いことは、パズドラでいうコンボのように降りかかってくるし、連鎖もする。しかし、乗り越えるには戦略も、何も自分の気の持ちようなんだ。すべては、人が作るモノ。それで世界も変わるし、人生も変わる。諦めずに、努力していけば失敗の先には成功が待っている。忍耐がこの時代はとても大事なんだろう。プログラミングで、失敗はつきもの。諦めずに、先人の知恵を知りコーディングしていこう。

そういえばまだ、.NET coreのコンパイル中だった。一度、msys2でコンパイルして失敗して、PowerShell環境でコンパイしている2度目の挑戦。

RSenseというセンス

Vim Rsense Emacs

・RSenseでEmacs対応...SpoonがUNIX限定のrsenseシェルなので、SpoonのWindows対応版rsenseシェルが必要。

※1 バージョン情報が出力されても、start...stop...restartができないため、これは治しがいがありそうな分野。クラス分けして、ID振り分けたら動作しそう...できたら本家にプルリクを送りたいです(我こそはという人!) ※記事にしません

VimでRSenseをWindowsにて、動作するためにはrsense server startを実行して端末上で起動待ち→ストップするときはrsense server stopを実行

→コンパネ→管理→サービスにRSenseを登録しても起動できないことがあります(私の環境はそうでした)RSenseを使うとなんだか懐かしい。

・Console2の壊し方がわかりました。しかし、その手順は秘密です。もし壊れて一度アンインストールするときはAppdataフォルダ→local→Consoleフォルダにあるxmlファイルを削除すると設定が消えます

今は開発が再開されているRSense。

Vim-Monsterがあれば、必要ないじゃないか...そうではないです。Vim-monsterは使えばわかるけれどなんだか使い心地が私は悪いんです。

たぶん、RSenseを使った方がRubyではいい補完を手にするのではないかと。UNIXのマシンを持っている人は導入すべき。

Spoon...RubyGemsから入れて、Windowsで動作するようにしたいなら

P_NOWAIT = 1

extend FFI::Library

ffi_lib 'c' # ※2この行を追加するとffiのエラーメッセージはなくなり、バージョン情報は出力できるよ

※1,※2は続き...

[疑問]

rsense-0.3フォルダを持っている人はいいけど持ってない人のWindows対応はどうするんだろう...

でも自分の環境ではWindowsでRSenseを使うことができた。

github.com

github.com

この時のRSenseプロジェクトは閉じているけど、レポジトリはある。

Windowsは下記のダウンロード先から。

https://github.com/m2ym/rsense/releases

github.com

UNIX対応のRSenseとWindowsのRSenseを混合できないことがよくわかった。

エンジニアとは不明な職業

日常 アイディア

 ひさびさの休みである。とと姉ちゃんじゃないけど「どうしたもんじゃろのぅ」...どう過ごすべきか。短期のアルバイトでうれしいのは休日で、どうはっちゃけるかが継続する大きな要点でもある。どんなもんだろう。ISICOのメールに記載されていたコンテストの原稿を精査するべきか、もちろんコードを書いてリリースできる状態までつなぐために時間をかけるか、語学の学習をしてより記法を覚えていくか、予定は未定であって決定ではないが、だらだらと過ごすことも時間を堪能するいい機会だと言える。

 面白いことに、最初にアイディアを考えた人が開拓され優遇されるのが社会だと言える。そのアイディアを形にするのが職人であり、技術者だ。エンジニアという言葉に惑わされてはいけない。エンジニアは、無資格でも名乗れる、他業種でも名乗れる、さらにどの分野に長けている人なのか1行では見分けがつかない。プログラマーがエンジニア扱いされるのもよくわからない。技術者はしっかりとした技術職である。学位をもつというより、有資格者の集まりであるべきだろう。その有資格者であるプログラマーが、電子的にアイディアを形にしていく。それこそが、新しい分野となる。  明日は、気分をリフレッシュして次の作業までのいい休日にしたい。ふとしたときにわくアイディアを形にする楽しみを持ちたい。

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